「どうして山に登るのか。」
「そこに山があるからだ。」
エベレスト初登頂を果たしたかも知れない今もエベレストの何処かで眠る
登山家ジョージ・マロリーの言葉である。(♪マロニーちゃん♪ではない。)
かっこ良過ぎて文句の付けようがないが、あえて言う。
「もし山がなければ、山に登らずに済んだのに・・・。」
ここに「山好きの夫婦がいる」と仮定してみよう。
今は昔、現代のようなモータリゼーションに頼った「アメリカ型お手軽アウトドア」などあるはずもなく、車もバイクも持たない健全な男女はお弁当を持参し近所の山へハイキングデートすることが常であった(らしい)。お付き合いを重ね婚約に至った男女は、テントと寝袋を担いで次なる高みへと登っていった(らしい)。こうして男女はめでたく結婚に至り、休日は二人仲睦ましく山に登る日々を送り、ネイチャーの恵みで子宝を授かる。赤ちゃんができると休日山に登ることが出来ない。「また山に登りたい。」夫婦は悶々とした時を送る。子供はスクスクと成長し、幼稚園に入園し歓迎遠足も無事完歩。
仮定より、「子供」が導かれる。また「子供」は、「夫婦」より遅かれ早かれ(印度カレー)山に連れられて行くことは、演繹的帰納法的に「真」である。
それが大問題なのである。「山好きの夫婦」が勝手に山に登るのはよし。
しか〜し(カカシ・タカシ)、勝手に山に連れて行かれるのは、子供にとって決して楽しいものではない。
「山好き夫婦+子供」の、ある休日である。(文中の主語は、子供)
○午前6時、休日にもかかわらず普段通り起床。
○家からバスを乗り継ぎ、小一時間かけて「油山登山口」に着く。
http://www.mt-club.net/fukuoka/aburayama/guide_1.php
○登山口(推定標高100m)から、下付きが多く見通しの悪い登山道を、
手ぬぐいで引っ張れられながら山頂(標高597m)まで約二時間かけて登る。
http://www.mt-club.net/fukuoka/aburayama/guide_2.php
○見晴らし極めて悪く福岡市が一望できない山頂でお弁当を食べる。
http://www.mt-club.net/fukuoka/aburayama/index.php
○山頂付近のガケをダンボールで滑って遊ぶ。(これはかなり楽しい)
○せっかくの遊びを中断されて、下山開始。
○「登山口」に戻り、エイエンに来ないバスをじっと待つ。
○やっとバスが来て乗り込むと、意識不明に。
○眠りを中断され、帰宅。
○フロに入る。夕食も疲れて食欲なし。寝る。
子供にとって「山登り」とは、『折角の休みの日に、友達とも遊べず急な坂を何時間も登らされ、挙句に登った坂を又降りてくる、理解不能な行動』である。
「類は友を呼ぶ。」
不運なことに「山好き夫婦」には「山好き後輩数学の先生」がいた。「山好きの後輩」はよく家に遊びに来ていたので、自然に(勝手に)子供に算数を教えるようになる。数学に興味を持つようになったのはその「後輩(私にとって数学の先生)」のお陰なので、その点についてはとても感謝している。しかし「山好き」な大人達は、なぜか子供も「山好き」だと勘違いする。後輩(先生)も又、子供をムリヤリ山に連れて行くのである。
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以上のような経緯で始まった私の登山歴は二十歳になるまでに
「油山」を基本とし
福岡近郊では 背振山(標高1055m)
http://chikushi.photo-web.cc/newpage132.html
雷山(標高955m)から井原山(標高983m)を経て
三瀬峠までの縦走
http://kudougao.fc2web.com/kyuusyu/raizan.htm
九州では 久住連山(牧の戸峠から、星生山(1762m)を経て
久住山(1785.8m)、そこから大船山(1787m)までの縦走、
長者原から久住山往復もあり)
http://www.i-nagamatsu.jp/
祖母傾国定公園(竹田から、祖母山(1756m)を経て
傾山(1602m)までの縦走、但し祖母・傾間で「先生」が道に迷った為、
幸運にも途中で下山)
http://www.yado.co.jp/yama/om_sobosan/sobosan.htm
鹿児島では 霧島連山(高千穂河原からまず高千穂峰(1574m)、
また高千穂河原に戻り中岳(1332m)、新燃岳(1421m)、獅子戸岳を経て
韓国岳(1700m)までの縦走)
http://www.castle.gr.jp/walking/walking1.html
いやいや始まった「私の登山」。登ってみると結構楽しい。頂上で飲むコーヒーは格別。テントを持って行ってのキャンプは、山の楽しみを更に増す。気がつくと、マイリュック・マイ寝袋・マイ登山靴・マイコッヘルと装備もだんだん充実し、「エリヤくんは、ホントに山が好きなんやね。」という誤解まで生まれた。
「山好き夫婦のむりやり同伴」から始まった私の登山歴も、「春の霧島連山猛吹雪遭難寸前縦走」でピリオドを打つこととなった。理由は「猛吹雪遭難寸前」ではない。「モータリゼーションの台頭」である。13回の試験場通いでみごと「限定解除様」となった私は、「スズキGSX750S」を手に入れる。いわゆる「カタナ」である。バイクは画期的かつ便利な乗り物である。なんと「漕がずして、坂を登る。」のである。ヒイコラ言って登った背振山も、30分もかからず山頂である。
「登山」か「バイク」か?
その後の私は、「マッドマックス風」のスタイルで決め、「カタナ」に「オリジナルハンドル」を装着、「ポップヨシムラの集合管」で刺激的なサウンドを奏でながら、九州の峠を攻め続けたのであった。バリバリのヒデヨシのモデルは私である。(???)
http://charles-bronson.hp.infoseek.co.jp/Madmax.htm
http://www.d7.dion.ne.jp/~xsinsan/mymymy,katana.htm
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「エリヤあ、ホウマンに登らん?」
あれから三十余年。「登山」という体験が忘却の彼方へ忘れられようとしていた、が運命は奇異なものである。「山好きの後輩(私の数学の先生)」は、「英語の私塾」の先輩でもある。私が高校の時、エイジという男が遅れて入塾してきた。名前の頭が同じ「英」でなんとなく親近感があった。エイジの母方の実家は「英彦山(ひこさん)」にあり、エイジは幼少の頃から「山猿」のように英彦山を駆け回っていた(らしい)。一緒に登ったこともあるが、「望雲台」と呼ばれる断崖絶壁から一本だけ空中に突き出した松の木に、飛び乗ったり(落ちたらシボウ)崖を端から端に歩いたり(足を踏み外したらシボウ)と、見ている方が心臓に悪い。
http://www.yado.co.jp/tiiki/tikuhou/hikosan/hikosan.htm
エイジは国語の先生になり、小さい頃からの特技を生かし20年以上山岳部の顧問をしている。土日は家族を顧みること無く、高校生と山に登る。私もソフトボール三昧なのであまり人のことを言えた義理ではないが、エイジは純和風な男で、私とはマッタク趣味が重ならない。唯一重なるのは「お酒が好き」なことくらいか。という訳でよく一緒に酒を飲む。そして飲んだら必ず私を「山」に誘うのである。
「絶対登らん。せっかく登ってまた下って、意味が分からん。」
誘われても誘われても、断り続けていた。
今年の春、エイジと私の更に後輩「ヨシエ」の結婚式に、「恩師」として二人とも呼ばれた。後輩の結婚式で多少センチメンタルの気分に浸っていると、またエイジが誘うのである。
「エリヤあ、ホウマンに登らん?」
宝満山は、英彦山と同じく修験の山で岩場が多くかなり険しい(らしい)。
「夜キャンプファイアーしてワインば飲んだら、ウマかろうね。」
披露宴でほろ酔い気分に、「ワイン」という単語が絶妙に誘う。
「分かった。荷物『全部』持ってくれたら行く。」
遂に「陥落」である。こうして私はエイジと宝満山に登るハメになったのである。
つづく・・・。