メディア5 CEO 上野英理也
このコラムが出る頃には、トリノオリンピックも佳境ですね。ジャンプやスキーや
スピードスケートが(全部じゃん)振るわない分、女子フィギュアへの期待が無責任に高まります。
フィギュア代表の「村主」選手を「ムラヌシ」と呼んでいたのは私だけかも知れません。
だって「浅田舞」が出てくるまであんまり興味なかったもん。
不幸にも人は自分で姓名を付けることはできません。苗字は親も同じなので
文句は言いませんが、私の場合名前が人ととっても違っていたので、
幼少の頃は「ヒロシ」とか「タカシ」とかフツウの名前に憧れていました。
私が「ヒロシ」だったらこのコラムは『ヒロシです・・・hour』だったかも知れません。
「上野ヒロシ」ん〜ん???
今回は『 Eriya hour 』の「エリヤ」についてお話します。
ハハの兄弟姉妹とそのムスコムスメのゴットファーザー(名付け親)は
祖父と絶対的に決まっておりました。
私の姉(初マゴ)は「真奈(マナ)」と命名されました。「マナ」とは、ユダヤ民族が荒野を
40年彷徨い遂に食べ物が無くなったとき天から降って来たありがたい食べ物のことです。
http://www.page.sannet.ne.jp/mayumy/link43.htm
祖父は牧師だったので、さすが聖書に基づいた崇高な名前を
よく付けたものだと感心していました。
が、別のマゴは「青江美奈」が好きだからという理由で「三奈(ミナ)」になりました。
祖父は「主の御名(ミナ)」に由来したと弁明しておりましたが怪しいものです。
http://www.jvcmusic.co.jp/-/Profile/A000001.html
祖父が私に付けた名前は「襄(ジョウ)」でした。これは同志社大学創設者の
「新島襄」にちなんだ名前で「オコト初孫」への強い期待が感じられます。
http://www.nogami.gr.jp/rekisi/sanda_sizoku/21_nijima/nijima.html
しかし残念なことに、終戦後人名漢字が大きく制限されて「襄」が使えなくなったことを
祖父は知りませんでした。当然役所に届けに行って受理されませんから、
私はしばらく「ナナシノゴンベエ」。
ハハから責めたてられた祖父は「わしゃもう知らん。」と逆切れしたかどうか知りませんが、
結局チチが『「エリヤ」は如何でしょうか』とオズオズ切り出し
『いいねえ、時間も無いしそれでいこう。』となったらしいです。
「エリヤ」は旧約聖書に登場する「行動する預言者」です。他の預言者が「ことば」によって
神の意思を伝播するのに対して、「エリヤ」は行動によって神の意思を具現化していきます。
「行動」というと何か理性的でスマートな響きですが、実態はイスラエル内でユダヤ教の神に
敵対する神を伝播する司祭たちを「天からの火柱」で皆殺しにしていくほど、とっても刺激的。
http://plaza.across.or.jp/~sugino/eriya.html
西欧のクリスチャンは新約聖書に出てくる十二使徒の名前をよく付けますが、
「エリヤ」はユダヤ教徒にとってポピュラーな名前です。
映画「指輪物語」の主役の名前は「イライジャ ウッド」ですが「イライジャ」は
「エリヤ」の英語読み「Elijha」なので聞いただけで「ユダヤ系」と分かります。
「エリヤ」は新約聖書にも「イエス」「モーセ」と共に登場します。
「エリヤ」がユダヤ教徒に人気なのにはもう一つ大きな理由があります。
宗教に鈍感な日本人の多くは、イスラム教がユダヤ教から派生したことを知りません。
同様にキリスト教もユダヤ教から派生(?)したことも殆ど知られていません。
3つとも「同じ神」を神と信仰し、エルサレムを聖地としています。
イスラエル(聖地エルサレム)を巡る紛争はいわば「兄弟げんか」「親子げんか」な訳です。
痴話げんかほど根が深いということです。
話がそれましたが、旧約聖書(ユダヤ教にとっては唯一の聖書)には
「キリスト(救世主)が来る前に、預言者エリヤが再来する。」と預言されています。
キリスト教では、「バプテスマのヨハネ」を預言者エリヤの再来と考えこの時点で
預言が成就されたとし、「イエス」を「キリスト(救世主)」と断定します。
http://www.h3.dion.ne.jp/~vincent/person/person48.html
エリヤには関係ありませんが、イエスが十字架上で最後に飲んだワインを注いだ杯が、
インディージョーンズが探している「聖杯」です。
「アーサー王伝説」にも登場しますが、どこにあるか未だ不明です。
http://www.pandaemonium.net/rdb/menu/file/1408.html
しかし、その当時のユダヤ民族は「バプテスマのヨハネ」を「エリヤ」の再来と認めなかったので
当然「イエス」も「キリスト」とは認定されませんでした。ですからユダヤ教徒は「イエスが死んで」
2006年たった今も、自分たちの子供に「エリヤ」という名前を付け「エリヤ」の再来を待ち、
その後訪れるキリスト(救世主)を願っている、という訳です。
以上が私の名前「エリヤ」にまつわるお話です。
初めて私の名前を聞いた日本人は「女性みたいなナマエ」と感じるようですが、
トンでもハップン歩いてゴフンとっても強烈で刺激的なオトコ名なのです。
ですから、私に「○げ」と言われても事実「は○」なので全然気にしませんが(?)、
「○ち」と言われたらその人の頭上に「天から火柱を落として」丸焦げにしてあげるので
間違っても私に向かって「け○」と言わないでくださいね。
(M5の皆さん、「金がない。」「生活が苦しい。」も同様に禁句)
オリジナル「エリヤ」の性格が、ナマエが同じだけで自分に影響しているかどうかは分かりません。
でも今回改めて調べて、「追っ手が怖くて穴に引き篭もった」とか「やもめ(未亡人)に
養ってもらった(=つまりヒモ)」とか書いてあると、オリジナル「エリヤ」も自分と同じように
弱い部分があるんだと、安易に安心します。
オリジナルのマネは到底できませんけど、尊敬できる人生の目標としては十分以上の存在なので
今では(安易に=急いで)名付けてくれたチチとその回りに感謝しています。
ちなみに祖父が付けようとした「襄」は、「穰」と人名辞典にある字に変えてグソクに命名しました。
現在グソク「穰」は「ガンダム」「メタルギアソリッド」「サバゲー」にとっても興味を持ち、
「新島襄」とは程遠い人生を歩むことに疑いの余地はありません。
字を変えたのが良くなかったかもしれません。
後の祭りですけど。
余談ですが、「英理也」の「英」と「理」にはあまり意味がない、らしいです。
「ナナシノゴンベエ」状態を早く解消しようと急いでいたのものですから、
『「英」はいいけど、「り」は「利」と「里」と「理」のどれにする?』『英理也がいいっちゃない?』
『そうやね、時間もないしそれでいこう。』と安易な決め方をされた、らしいです。
仕方が無いので中学高校時代は、自分で「英語」と「理科」が得意になるナマエと
善意に解釈し頑張りました。
名付けるほうは「たかが名前」でも、本人は「されど名前」です。かくいう私も自分のスリーグソグズ
に変なこだわりを持って付けてしまいました。今のところ不満は出ていないようですが、
将来命名の理由を聞かれたらキチンと誠実に答えたいと思います。
みなさんも自分の子供に命名の由来を聞かれた時、後付のウソでもいいので
『君に「英知」と「理性」が溢れるように付けたよ。』
と言ってあげてください。
ではまた次回。