常に美しい虹が掛かっている山があって、遠くからそれを見た人が、
「何てキレイなんだろう。あの場所にいる人はどんなに素晴らしい気持ちでいるだろう」
と感動して、その山に登ってみた。
ようやく辿り着いたとき、
確かにその場所こそが虹が掛かっていたはずの場所なのに、
どこにも虹は見えなかった。
当然その山に住んでいる人達も、
自分達が住んでいる場所に虹が掛かっていることは知らない。
離れた場所から見てみると恵まれていると思われることも、
実際に自分ではその価値を知らないものだ。
そういうたとえとしてこの話を聞いたことがあります。
「場所」だけではなく「時間」を土台とした遠近からも言えることですね。
昔から、「あのときの私は恵まれていたんだな」と後から思うことがあります。
「後悔する」とか「ああすればよかった」
というようなマイナス思考としてじゃなく、
「やっと分かった」という悟りとしてです。
確かにあのときしかできなかったこと、
あのときしか持っていられなかったもの、
あのときしか会えなかった人。
キリがないほどに浮かんできます。
戻れないと知って初めて、
過去の自分の恵まれた境遇や幸せを実感するってこと、よくあると思います。
脚本家の内館牧子さんのエッセイの話ですが、
過去の自分の写真を見て、
「このときの私って美しかったんだ」
とハッとしたことがあったそうです。
10代、20代のときだけではなく、
30代、40代の自分も、今の自分には眩しく映ったそうなのです。
当然、当時は全く自覚していなかった、
その年代特有の魅力があると気付き、
「じゃあ、今の私も、何年後かの私が見たら、きっと美しいんだろう。
だからこそ、今の自分の美しさ(※容姿の良し悪しではありません)
を自覚しながら生きることが大切」
みたいなことを書かれていました。
「あのときは…」と過去を思い返すだけではなく、
今の自分にしかない素晴らしいものに、ちゃんと気付くことが、
難しいけど大事なことだと、最近思うようになりました。
若さは勿論、自分を取り巻く環境、そして友達や家族など。
気付けたからこそ大切にして、失わずに済むものもあるかもしれません。
それでもなくしてしまうものは多いでしょう。
たとえば1年後・・・・。
今の私が持っているものを、どれだけ持っているのか。
今そばにいる人が、どれだけいてくれるのか。。。
当たり前と思っているものこそ、よく考えてみるべきことだと思います。
失って愕然とするのは、明日かもしれないし、1時間後かもしれません。